牧の家に泊まったからと言って、何があるわけでもなく。
夜は本当に何もなかった。
何も。
真希が悩んでいるのに、それを取り除いてやれた実感もない。
それなのに、気分だけはなんだか浮かれていて。
幼馴染み。
その家に泊まって、同じ部屋で寝た。
それだけなのに。
あってはいけないことに、限りなく近いはずなのに。
起きたとき、おはようと言う真希の笑顔がいつも通りだったことが唯一の救いだった。
もう少なくとも、俺の前では悲しい顔を見せないだろうから。
いつものように登校し、すれ違っていく友人に精一杯の軽口をとばしながら席に着く。
それとそう大差ない時間に、考達が教室に入ってくる。
「おはよー。あれ、今日は遅いのね?」
「うん。翔くんが準備に手間取っちゃって」
その言葉に、思わず手にしていた教科書が落ちる。
「翔?そんなにあわててどうした?」
・・・俺、何意識してるんだ?
「昨日、なんかあったのか?」
「ううん?慰めてはくれたよ」
「ふうん。それなら良いんだけど」
細木が変な目で見てくる。
いや、昨日の約束は守ってますよ?
「そんな目で見ないでくれよ・・・。あ、松屋」
俺たちから3歩くらい離れたところに、松屋は立っていた。
「おはようございます。・・・少し、お話よろしいでしょうか?」
「皆さんにお願いがあります」
松屋は、集まった俺たちに頭を下げた。
頭を下げたまま、松屋は続ける。
「私に、拓さんとお話しする機会を作ってくれないでしょうか」
「麗衣さん・・・」
「私は拓さんには避けられています。私ではきっと取り合ってくれないでしょう」
「話してどうするの?家のことで反発があるでしょう」
細木が強めの口調で言う。
それに反応してか、松屋も声を荒げる。
「その打開策があるからお願いしてるんです!」
肩が震えていた。
下を向いたまま、今にも泣きそうな感じだった。
「拓さんだって、私だって、こんなの辛いんですよ・・・・」
床に、雫が落ちた。
それを見た真希が松屋に寄り添う。。
「麗衣さん、昨日のお返しです」
そう言って、松屋の頭を抱く。
身長差のせいで松屋が苦しそうだが。、松屋は自分から抱きしめられにいっている。
しばらく、誰も口を開かなかった。
・・・じゃ、次は俺の番かな?
「松屋、それ引き受けた」
「え?」
真希に抱きついたまま、顔だけこちらに向ける。
「ちょうど鈴木には話があったしな」
「はい、ありが、とう、ござい、ま、す」
松屋は授業が始まるまで、ずっと泣いていた。