見ていられなかった。

私の心に入りこんだ人が泣いているのが辛かった。

だから、約束を破って出て行くことにした。

この方法で、児戯にも等しいやり口で彼を救えると信じて。





「解決できるか分かりませんが、策なら有りますよ?」

あくまでも冷静に。

二人とも崩れたら話し合いは成り立たないから。

真実を告げるまで、私は第三者でなければならない。

「すいません皆さん。少し、席を外していただけますか?」

約束を破った私にこういうことを言う資格はない。

でも、翔さんは許してくれました。

「ああ。任せた」

その目には信頼が伺えて、少し嬉しかった。

翔さんがそう言うと、皆さんは合図もなく、同時に去っていきました。

ずいぶんと信頼されているんですね、翔さん?

皆さんが十分に遠くまで行ってから拓さんと改めて向き合う。

「・・・そんな策、有るわけ無い」

救いを求める声が私にも向けられたことに安堵を覚える。

ああ、私はこの人に必要とされている。

家族でもない、赤の他人であるこの私に。

その事実は私を決意させるのに十分だった。

「いいえ、有ります」

「言ってみてよ。俺がどんなに考えても無理だったその策って奴を」

俺。

私はその物言いに驚いた。

私と長い間話してきたのに、その一人称はずっと出てこなかった。

でも、それに納得している自分もいた。

確かにいつもの拓さんに僕、という人称は似合わない。

でも、その響きは魅力的に聞こえた。

この問題が解決したら、拓さんにお願いしてみよう。

ずっと、その声を聞かせて欲しいと。

「ええ。少し飛び道具的ではありますが」

沈黙が言葉を促す。

「簡潔に言いますと、私と同居してください」

顔に血が上りそうになる。

「な、なにを」

拓さんが信じられないという目で私を見つめる。

先ほどまでの悲痛な声は吹き飛んで、ただの驚きへと質を変える。

血が上って思考が飛びそうになるのをこらえる。

しかし、声はどうしてもうわずってしまう。

「そ、それが一番良いはずです。拓さんは家から出られますし、
 私個人のことを言えば寂しさも感じなくなります」

「でも。それだと解決には」

「なります。そもそも鈴木家は拓さんの扱いに困っているから今の状態なのです。
 ですから、拓さんが家を離れれば」

失礼なことを言っているかもしれない。

でも、そんなことを私も拓さんも気づいてはおらず。

「それでも、僕と麗衣さんがそういうことになれば家の関係上」

「大丈夫です。拓さんのことは鈴木家としても触れたくないでしょうし、
 私も勘当同然の身ですので」

「え?」

「お、お金だって口座にそれなりにあります!家も私名義ですし権利書関係も持ってます!
 ですから少し我慢すればそこそこ暮らしていけるはずで・・・す」

そこまでで限界だった。あとは感情の赴くまま。

涙で顔なんか見れない。

自分が前を向いてるかさえ分からない。

「じゃあ、問題は無い?でも」

「でもじゃないです!黙ってそうすれば良いんです!あなたも私も同じ境遇なんです!
 あなたは黙って私に助けて貰えば良いんですよ!」

「え、じゃあ」

「助けさせてください。お願いです。私でも誰かを助けさせてくれると自惚れさせてください。
 もうみんな死んでいくのを見たくないんです。終わりにしたいんです」

そこまで言って膝から力が抜け崩れ落ちる。

地面についた膝が痛む。

ひょっとすると血が出ているかもしれない。

でも、そんな傷より心の方がずっと痛い。



泣いている私の頭に、優しく何かが触れる。

それが手だと気づくことは出来なかったけど、優しさだけは伝わっていた。

「その賭、乗らせて貰うよ」

一瞬だけ、拓さんの顔がクリアに映る。

泣きそうな顔はしていなかった。

声が優しさに変わっていた。

笑ってくれていた。

「だから、泣き終わったら麗衣さんの話聞かせて?」

拓さんの顔がにじんで見えなくなった。

私の頭からは、ずっと優しさが染みこんできていた。