鈴木のことを松屋に任せ、俺たちは少し離れたところにいた。
「翔くん、二人とも上手く行くかな?」
離れたといっても十分に二人の姿は確認できる位置。
真希はそちらをちらちら見ながら心配そうな顔をしている。
「そんなに心配か?」
「うん。だって麗衣さん私に事情話してくれたとき悲しそうだったもん。うまくいって欲しいよ」
「大丈夫だろ。なんたってあの松屋だぞ?」
「そうなんだけど・・・。なんか私たちと二人がかぶるって言うか」
「かぶる?」
「あ、翔くんはわかんないか・・・。そうだよね、私がしっかりしないと」
真希が何か決意したような目で見てくる。
その目は少しだけ、悲しみを帯びている気がした。
俺がそれに耐えられなくなったときに、細木達が話に入ってくる。
「だいじょうぶじゃない?あの二人境遇が似てるし」
「馬鹿、だから怖いんだよ。失敗したときひどいから」
「・・・・・・」
真希が細木の袖をくい、と引く。
「真希、どうしたの?」
「ちょっとお話が・・・」
複雑そうな顔をしてちらりとこちらを向く。
俺に遠慮しているようにも見えたのでフォローを入れておく。
「ん?俺のことは心配しなくても良いぞ」
「そうじゃないんだけど・・・」
「ほら、行ってこい。あいつ等は俺たちが見とくから」
俺がそう言うと、真希は複雑な顔を崩さないまま松屋達とは違う方向へ行ってしまう。
なんか俺がしただろうかと思って考の方を向くと、考は俺たちの後ろを睨み付けていた。
何だろうと思いそちらを向く。
そこには、2つの人影があった。
「ここ、あまり知られてないはずじゃ?」
「翔にも見えるか。それはおいといても良いけど」
「おいとくなよ」
「いや、奴らの様子の方が大事だ」
分かるか?といわれもう少し観察を続ける。
「あいつ等、びびってる?」
「多分な。だけどもう少ししたら大勢で来るぞ」
「おい」
今、この状況で邪魔が入るのはまずい。
鈴木達は、毎違いなく人生で最大の問題に着手している。
それを邪魔されるのは非常に目覚めが悪い。
「前の奴らとどっちが強い?」
足手まといはいやだった。
だから、今回と言われたら素直に真希のところに行くつもりだ。
「ん?前に決まってるだろ。翔でも二人は行けるな」
安心した。
「じゃ、とっとと片付けるか。あいつ等の邪魔されたら俺がひどい目に遭う」
ポケットに手を突っ込み、颯爽と歩く。
これから喧嘩しようだなんてかけらも思わせない足取りで。
「それに、あいつ等には見覚えがある。ったく、まだ引きずってんのかあいつ。何年前だよ」
俺に背を向けていたから、言葉は聞こえなかった。
でも、聞こえても意味は分からなかっただろう。
だから、そのことは考えずに後を追うことにした。
俺たちが男のところにたどり着くと、六人に増えていた。
増えたと言っても考の姿にびびっている奴ばかりだったが、一人だけ違った。
どこかすれた風貌から、ああ此奴がリーダーだな、と確信が持てる。
考との会話が成り立つと、それは正解だったことが証明された。
「で、何のようだ?」
「あ?リベンジに決まってんだろうが。お前も手伝うんだろ?考」
左手でナイフを突き出す。
傷つける意志がないことの証明だろう。刃は向けられていない。
ただ、右手のナイフはすぐにでもこちらに飛んできそうだが。
考がナイフに左手を伸ばす。
考の手がナイフをつかんで、男の顔がにやけた物になったかと思うと----
すぐに苦痛のそれへと変わる。
「お断りだ。やりたいんならサシで、それも素手でやるのが男だろう?」
ナイフを握った手は握ると同時に反転し、男の手のひらを切り裂く。
切り裂いたナイフをその勢いのまま投げ捨て、右掌底をあごに入れる。
男はうずくまり、あっけなく戦闘不能。
それを見ても怯えることなく周りの奴らが向かってくる。
俺の割り当ては二人だったか?
さっき考がそんなことを言ってた気がする。
ま、とりあえず近い奴からだな。
右に向き直ると、悲愴な顔持ちで突っ込んでくる小柄な奴。
----明らかに遅かった。怖くもなかった。
だから、いたずらをするくらいの気持ちで脚を引っかけてやった。
ごく自然に。
案の定小柄な男は転び、そのままもう一人の奴に突撃。
二人とも崩れ落ちて、あっけなく割り当てが終了した。
考は、まだ戦っている。
全員を伸し終わった後、考は詰問に入った。
前と同じように。
「で、どうしてここが分かった?」
「どっかたばこ吸えるとこないかって」
殴る。
「嘘付け。お前部下に探させてたろ」
「た、たまたまだよ。お前等見つけたのはあいつだけど」
殴る。
「で、ちょうど良くナイフ持ってたからやろうって?気にくわねえ」
殴る。
「お、おまえっだってやりたかったんじゃねえのか?」
見ていられなかったので四発目は止めた。
「ち、よかったな。で、翔。お前此奴に見覚えないか?」
そういって差し出してくる。
「ちょっとばかし顔変形してるけど」
見覚えは、あった。
----此奴は、あのとき。
----腹の痛み、忘れてないぜ?
「こいつ・・・あのときの一人か。忘れてねえよ。忘れねえ」
右手が、勝手に動いていた。
意識が、暗いところへ飛ぶ。
暗い、誰も来ないあの場所へ。
----「叫んでも誰も来ないって」
----「あいつと仲良いから悪いんだよ」
----「俺の好きな奴になんでくっついてるんだよ」
----痛かった。ただ痛かった。助けなんかあり得なかった。
----いつもの僕じゃ何も出来なかった。
----どうすればここから逃げられるかは分かっていた。
----でも、そんなひどいこと出来ない。
右手が男の顔にめり込むまで、考は何もしなかった。
悲しい物を見る目をしていた。
だけど、2発目は止めてくれた。
僕はまだ暗いところにいる。
必要が無くなった今も。
誰かが出してくれるのを待って。