「やめとけ。鈴木達の話し合いも終わったみたいだし」
優しげな言葉は精一杯の気遣いだろう。
俺の腕は絶対にほどけないほどの力で握られていた。
「でも、俺はこいつに----」
泣きそうな顔。
考のその顔は見られたもんじゃなかった。
こんなのを細木に見せたら絶対に振られるか叩かれるだろう。
「頼む。止めてやってくれ」
その上頭まで下げられたら。
言い返せるわけもなく、自分でもよく分からないまま上がった腕を下ろした。
「そのかわり、後で教えてくれ。正直何で俺がこいつを殴ったのか見当が付かない」
何故か、かっとなった。
というよりは何か別の物が俺を動かしたような。
でも、こいつが俺に何をしたと?
確かに俺はこいつを知っている。たしか真希が好きだって周りに言いふらしてた奴だ。
ただそれだけのはずだ。
「ああ。あの幸せそうな二人の惚気話を聞いたらな」
もう考は泣きそうじゃなかった。ちゃんといつもの考でいてくれた。
きっと、考は何もかも知っているのだろう。
俺のことも、あの二人のことも。
「そうだな。じゃ、行くか。真希達も向かってるみたいだし」
考えることはきっと多すぎるくらい有るのだろう。
だけど、とりあえず今は抱き合ってる二人を冷やかす方が先決だ。
過去のことはいつでも考えられるのだから。
「で、結局どうなったの?」
ついさっきまで抱き合ってる二人を見てきゃあきゃあ言ってた真希が訊ねる。
「はい。私たち一緒に住むことになりました」
松屋は、これ以上ないという笑顔で質問に答える。
俺達は、これ以上ないという呆けた顔で答えを受け止めた。
「え?じゃあ二人で同棲ってこと?高校一年から」
呆けた顔のまま、真希が誰もが抱く疑問をぶつける。
「そりゃあ、二人ともお金と家の心配は・・・あれ、麗衣さん顔赤いよ?」
真希の言うとおり、松屋は首まで真っ赤だった。
呆れて誰も言葉を発せ無い中、どこか吹っ切れた感じの鈴木が、松屋に質問する。
「まさか、麗衣はそこに気づいてなかった?」
こく、と頷く。
「はぁ、何でそこに気づかなかったの?だから俺は最初呆れたのに」
松屋は下を向き、縮こまってしまう。
「だって、この考えにたどり着いたときは全くそのことに気づいて無くて。
それからはずっと一直線でしたから・・・」
「まったく、お前等ホント馬鹿みたいな付き合いだなおい」
まったくだ。
しかし松屋の方がこういうとき当てにならないんだな・・・。
あれ、ちょっと待て。
「なあ考。俺にはお前と細木の付き合い方も馬鹿に見えるけど」
「う、そ、それを言うならお前だって」
珍しく俺の言葉で考がひるむ。
それに対抗し何か言い返そうとした考を細木の手が止める。
「はいはい黙るの。翔?あたしも馬鹿って言いたいわけ?」
言葉には刺があって、明らかに俺を責めている。
だけど声と顔は、考のそばにいるのか幸せそうだ。
だから、俺は何も言わずに曖昧にして返してやる。
そうしたら真希までが責めてきたのでおとなしく謝ると今度は鈴木に馬鹿にされた。
楽しかった。
過去に何があったかなんて考えに、もう興味はなかった。
帰り道、鈴木が俺に話しかけてきた。
「翔さん、僕、頑張れる気がします」
「ん。あー、もうさ、今の鈴木だとなんかさん付けしっくり来ないな」
初めて会った時が嘘のようだった。
もうおどおどしてないし、陰もない。
「そうなんです。僕、麗衣に救って貰えたらきっと敬語使わなくなると思うんですよ」
「あ・・・」
そうか。
今まで鈴木は後ろめたさがあったから俺にですら敬語だったんだ。
人付き合いの基本である、家族との接し方がひどかったから。
「だからもし僕が、俺、と自分を言うようになって」
俺、の部分にさしかかったとき、顔が歪んだ。
きっと、ポジティブな方面への変化がまだ辛いんだろう。
それでも、鈴木は続けた。
人との付き合いかたを変えるため。
まず最初にやることは、
「敬語も使わなくなったら、僕のことを、拓と気軽に呼んでください」
近くにいる人との付き合い方を変えること。
「了解。・・・ほら、松屋が待ってるぞ?」
「お願いします。では、麗衣のところへ行ってきます」
少し後になって、松屋と拓の境遇が似たもの同士だと知った。
でも、”似たもの同士”はお互いを救えない。
根っこが同じなら二人は同じ病気を持っているから。
でも。
表面上は似てるけど、本質はそうじゃないから。
だから二人はお互いを救いあえる。
二人でどこまでも高く行ける。
俺は、それが見てみたい。