「・・・」
無言の帰宅。
この時間に帰宅するのは皆わかっているはずなのに。
使用人の言葉すらない。
こうなったのは、いつからだろうか。
幼い頃は家中が暖かかった。
家訓上、厳しい教育は家柄に似合わず何もなかった。
人より裕福な家に生まれ、人並みの教育を受ける。
それは、子供にとって素晴らしい環境だろう。
ただ、そこで育った人間は精神的にやはり普通だ。
目の前の異常を受け入れず、排除しようとする。
そうでなければ自分たちが傷つくから。
この家は、まさに普通だった。
目の前の異常----僕。いや、俺か。----を排除しようとしている。
自殺でもしたら喜ぶだろうか。
結局、部屋に着くまで誰とも会わなかった。
きっと、俺が部屋に入ったら動き出すんだろう。
夕食はもうすぐだろうから。
もう準備は出来ているのだろう。ドアを開ければすぐに食事に取りかかれるように。
「・・・やっぱりね」
ただ、俺と家族では開けるドアが違うだけ。
机の上には、家柄にあった食事が一人分用意されている。
粗末な食事を出して激情されるのを嫌っているのだろう。
食事に手をつける。
いつか奴らに復讐するために。
いわれない噂を断ち切って、普通の人に戻るために。
味なんてもう感じなかった。
平素なら舌鼓を打つはずの料理は、今では生きるためだけのもの。
そこに娯楽はない。
ふと、麗衣さんと食べた食事を思い出す。
味を感じなくなった俺が、唯一食事を娯楽として位置づけられる場所。
唯一、食事に味を感じられる場所。
麗衣さんの顔を思い出すと、目の前の食事に味が戻ってきたような気がした。
だけど、俺はいつまでこの味を噛みしめていられるのだろうか。
いつ、味を感じることが出来なくなるのだろうか。