「よし、後はとろ火にして・・・」

全ての調理を終え、後は煮えるのを待つだけ。

ひょっとすると自分の家よりなじみになったキッチンで、あたしは少し考え事。

今日、あたしは由美さんに全てを相談した。

翔くんの過去のこと、私が取るべき行動。

いくら考えたって、自分では現状維持の4文字しか頭に浮かばない。

ずっとそうやってきたから。

それでどうにかなったから。

でも、最近はなんだか違う気がする。

入学の時久しぶりに翔くんの本気を見た。

あれは、あたしがやられてたから、だよね?

翔くんのことが大好きで、このまま同棲も始めちゃっていいかなーとか、
結婚もそのうち、とか一人先走って考えてるあたしとしてはそれについては嬉しい。

でも、小学校の時のあの翔くんを見たあたしは違う。

ああなるのは自分がそばにいるからだって、あたしが傷つくからだって。

もう、本人は覚えてないんだろうけど。

どこで何をしていたのか、自分がどんな状況だったか。

多分、翔くんは忘れてるけど知っている。

だけど、あたしはずっと覚えている。

何が原因だったか、誰がその場にいたか。

そして、あの日の翔くんの笑い声を。

「支えてあげて、か」

鍋の様子を見ながら呟く。

今日、全てを話した後の由美さんの言葉。

やっぱり、由美さんは全部知っていた。

なんで孝さんが翔くんに肩入れするか、なんで入学初日に助けてくれたのか。

それらを話してくれたとき、

----怒るでしょう?当たり前よね。それは理不尽じゃないもの

だから、叩くなら叩いて欲しいと。

それが考さんへの報いでもあるし、由美さん自身も罰を受けなければいけないことだと。

・・・あたしは十秒ほど黙って、叩かなかった。

代わりに、バックアップを頼んだ。

あたしじゃ暴力沙汰から翔くんを守れない上、女であるあたしは弱点だ。

それをカバーするのには孝さんの力が絶対に必要。

こう提案したとき、由美さんはあえて聞いてきた。

----じゃあ、あなたは何が出来るの?

決まってる。

本気になった翔くんを、暴力抜きで止められるのはあたししか居ない。

そして、翔くんのそばにいられるのも。

こうやって家に入って、料理を作って。

小さい頃から翔くんだけを見てきたあたしにしか無い特権。

拒まれない限り、これだけは誰にも渡せない。

積み重ねた年月だけは誰にも負けない。

----なら、支えてあげて。多分、真希にしかできないから。

あたしの決意に、由美さんはこう返した。

「当たり前だよ。あたしは幼馴染みだよ?」

ずっとやってきたんだ。

翔くんがあたしから離れたとしても、あたしだけは変わらずにここにいる。

幼馴染み。家族同然の存在。

あたしが最後の砦なのだ。

どん底の翔くんを何のためらいもなく癒せるのはあたししか居ない。

思わず、お玉を持つ手に力が入る。

「よし、そろそろかな」

おなかをすかせた翔くんが待っている。

持って行くと子供のように輝くだろう顔を想像して、笑みがこぼれる。

----ああ、あたしはこれだけで幸せだ。






----翔くん、あたしの気持ちに気づかなくてもいいから。

----ずっと笑ってて、ね?