「はい、お待たせしました」
買い物から数十分。テーブルの上には種々の料理が並べられる。
すっかり腹の減った俺は目の前の楽園に思わず喉を鳴らしてしまう。
よほど大きな音だったのか、真希が今にも腹を抱えて笑い出しそうになっていた。
「そこまで期待して貰えると、幸せすぎて怖くなっちゃう・・・ってあたし」
失言とは取れなかったが、当の本人はそうでなかったようで。
顔の赤いのを隠すように頭を振って席に着く。
「じゃ、いただきます」
「いただきます」
二人で挨拶をし、早速楽園を堪能しに行く。
どちらからともなく箸を取り、いつもより少し多めの食器を鳴らす。
我が家では食事の時は無言だ。
両親がちゃんと居たときはそれなりに会話もあったが、一人になってからは滅多にない。
なので食事時の会話は不慣れで、それに合わせてくれたのか真希も家では無言だ。
そうやっていつも通りの時間が過ぎ、どちらからともなく食事が終わる。
「ごちそうさま」
ぺこり。
「お粗末様でした」
真希が俺の分まで食器を下げに台所へ向かう。
本当に、いい奴だと思う。
至らないところの多い俺の、ずっとそばにいてくれて。
恋人でも無いのにそうしてくれている。
何も言わず、何も聞かず。
・・・俺は、甘えていて良いんだろうか。
俺のことを俺だけが知らない。
そして、俺の中から抜け落ちた部分は何人かの人生の分岐点になっている。
傍迷惑な話だ。
本人は何も知らずにのうのうと、周りから見れば幸せな環境で暮らしている。
何様のつもりだと言われてもおかしくない。
「それを確かめるためなんだよな」
自分から抜け落ちて迷惑をまき散らしている物を確かめる。
今日やらなければいけないこと。
真希には感づかれたくはない。
もし知られれば現場に着いてくるだろう。
そこに何があるか分からないし、そもそも今日のようなことがまたあるかもしれない。
たとえ何があっても自分一人なら切り抜けられる。
今日のことはそれを実感するのに十分だった。
自分でも気づかないうちに、荒事への耐性はついていたらしい。
あいつがリーダーだとするなら他はそうでもないだろう。
ああいう奴らでトップに立つのは腕の強い奴。
なら、出歩いても問題ないな。
夜一人で出歩くなと考に言われたが心配はないだろう。
もう驚異はない。
「翔くん、具合悪いの?」
「あ、いや」
どうやら難しい顔をしていたらしく、洗い物を終えた真希に思いっきり突っ込まれる。
・・・俺、下向いてたよな?
「顔には出てないけどね、雰囲気で分かるよ。今日のことでしょ?」
真希がいつもの定位置から外れて俺の隣に座る。
「良いんだよ?別に気にしなくて。無くて困るものでもないし」
「でも、俺一人だけそういうわけには」
テーブルの上に落ちていた手に、真希のそれが重なる。
優しく、ゆっくりと真希の手が俺の手を撫でる。
「翔くんは、今まで自分がやったこと全部覚えてるのかな」
「そんなこと出来る奴誰だって居ない」
「でしょ?でも、私は翔くんのしてくれたこと全部覚えてるよ。
嬉しかったこと、傷ついたこと、悲しかったこと」
「・・・」
「みんなそうなんだよ。自分が覚えてないことが、誰かの心に残るの」
手の動きと同じように真希の目が俺の全身を撫でる。
直接触れられている訳じゃないのに、それはひどく俺を安堵させる。
「そういう物だって、私は割り切って欲しいな。
だって、全部背負い込むには重すぎるもん」
「これは、背負い込むべき事じゃないのか?
だって、何人にも迷惑をかけてる」
「いいんだよ。今は置いておいて」
「え?」
「また拾えばいいの。
その人に対してその荷物を背負い込んでないといけない時に、また拾うの。
何個も背負ってたら潰れちゃうよ?」
「じゃあ、俺が真希に対して背負わなきゃ行けない荷物って何だ?」
「何にもないよ。あえて言うなら・・・ううん。今は知らなくて良いよ」
少し意地の悪い質問に、意地の悪い答え。
でも、答えたときの顔はすごく優しかった。
「じゃあ、遠慮しないぞ?」
「そうしてくれると嬉しいな」
これだけのことを言うんだ。その答えがどんな意味を持つかも分かってるだろうに。
結局、それ以上俺は自分への詮索をやめた。
あんな事言われてその気は完全に失せてしまったから。
遠慮しないぞ、か。
なんで俺は言ってしまったのか。
今は、自分のことよりも真希の方が気がかりだった。