最近では珍しく悪夢を見ずに早起きした。
昨日の真希の言葉が心に残っているのか、幸せな夢を見た気がする。
時計の長針は騒音より一歩前。
と言えば格好良いのだろうが、あいにくこいつはデジタルだ。
布団から手を伸ばして裏側のスイッチを切り、温もりに未練を感じながらはい出る。
一応寝癖の場所を確認しながら階段を降り洗面所へ。
顔を洗い、寝癖の場所に水をつけて押さえる。
そのまま台所に行き昨日真希が作り置きしてくれたおかずを確認。
炊飯器はセットしてあったので、暖まればすぐに朝食にありつける。
「あれ・・・?」
冷蔵庫を開けると、いつもより多めのおかず。
あえて言うなら1.5倍、か?
真希が俺の適量を知らないはずがないので少しとまどう。
きっと量の調節が難しい料理なんだ、うん。
わき上がった疑問に無理矢理答えをつけて多めのおかずを暖めにかかったとき、ドアの開く音がした。
「うー、お腹すいた・・・」
それと同時に情けない声も聞こえる。
何者かと一瞬身構えたが、その声に体の緊張を解く。
真希で良かった・・・。ってなんで真希が腹を空かせてここにいる?
確かに今は時間としては早いが、真希にとっては普通の時間のはず。
「ん、なんか音が聞こえるような・・・」
少し恐れを含んだ声。
このまま黙って反応を見るのも面白いかと思ったが、流石に意地が悪すぎる。
早々に緊張を解いて貰うためにこちらから声をかけることにした。
「おはよ、真希」
凍り付いていた顔が驚きに変わる。
「え、何で翔くん」
「何でって早起きしたか」
「ご飯は!?もう食べちゃった!?」
俺の返事を待たずに、せっぱ詰まった顔で詰め寄ってくる。
それに少し気圧されたが負けじと答える。
「まだだって。今暖めてるとこ」
やっと返せた返事に、真希はものすごい勢いで肩を落とす。
「よかった・・・ご飯食べられる・・・」
「なんで腹すかせてるんだ?いつもなら食べてくるだろ」
「今日の朝ご飯分のお金、昨日持ってなかったの。
多めに買えば安く上がるでしょ?なら朝ご飯の分もーって」
「それでこの量か。そういうことは言っておけって」
「翔くんが起きる前に来ればいいかなって。昨日はあんな空気だったし」
真希が恥ずかしそうに顔を背ける。
・・・少し、可愛いかも?
「ほ、ほら。それなら一緒に食おうぜ?
そのつもりで早く来たんだろ、もったいないって。」
「うん!」
恥ずかしさが抜けないのか、顔を赤くしたまま笑顔で頷いてくる。
俺は朝からそんな顔はないだろと心の中で呟いていた。
隣では真希が楽しそうに歩いている。
「真希、なんかあったのか?」
「え?」
笑顔を崩さないままこちらを向いてくる。
「いや、今日はテンション高いなと思って」
「うん。あったよ」
帰ってから何かあったのだろうか。
「だって、翔くん優しいんだもん。昨日お説教しちゃったのに。
今日は一日口きいて貰えないかもって思ってた」
笑顔が崩れる。
そうか、昨日のこと真希は重荷に思ってたのか。
「そんなことないって。おかげで夢見が良かったくらいだしな」
感謝の気持ちを込めて頭を撫でる。
暗さを吹き飛ばせるように少し強めで。
「・・・ありがと」
真希は両手を俺の手に重ね、俺と一緒になって自分の頭を撫でる。
俺にも分かるような、幸せを顔にたたえながら。
「あ、寝癖ついてる」
「あれ、直したはずなんだけど」
「知ってるよ。髪濡れてたもんねー」
ちょっと待ってて、と鞄をあさる真希。
小さめのポーチを取り出し、中から霧吹きを取り出す。
「ひみつへいき」
自慢げに俺に見せつけ、ふたを外して臭いをかぐ。
よしと頷き、一歩離れて寝癖の有るであろう部分に一吹き。
霧吹きをポーチごと鞄にしまい、右手で寝癖の部分を梳いてくれる。
バランスが取れるようにと左手でも同じように。
そうしてる内に、少しだけ花の香りがしてくる。
「あれ、香水?」
「うん。思いっきり薄めて寝癖直しに入れてあるけど」
「で、秘密兵器って事はずっと持ち歩いてたのか?
それに入れてるって事は頻繁にー、って。真希、いつも使ってないよなそれ」
「だから秘密兵器。使ったの初めてだもん」
初めて?いつも持ち歩いているくせに?
疑問が顔に出てたのか、真希が答えてくれる。
「翔くん専用だもん。いつもは寝癖ついてないし、ずーっとお蔵入りかなって思ってた」
髪を梳く手が止まる。
「はい、おしまい。いつもの翔くんできあがりー」
「いつもは香水つけてないけどな」
「大丈夫、学校に着くまでには香り消えてるから」
そう言ってまた歩き出す。
少し早歩きなのは気のせいだろうか。
ゆっくり行こうぜ、とは言い出せずに仕方なく歩調を合わせる。
秘密兵器はあといくつあるんだろうか。
なんて考えたら、自然と頬が緩んだ。
また寝癖がつけばいいな、なんて。