04.古さびた自転車





「瑞葉、なにしてるんだ?」

部室に後輩が持ってきたのは、乗ることを誰もが敬遠しそうなほどボロいチャリ。

サドルはスポンジが見えてるし、チェーンは錆色。

フレームだけが世の中に中の下として通用する、そんな感じ。

「あ、聞いてくださいよ先輩。お姉ちゃんたらひどいんです」

瑞葉の姉。

ああ、あの人なら何を言ってもおかしくないだろうなぁ。

きっと、これを元の姿に直してきなさい、なんてことは言わないんだろう。

「これを、これを、動くようにしてきなさいって言うんです!」

「・・・嘘着け。あの人がそんなこと言うわけない」

「本当ですよう。大筋はそんな物です」

「大筋、ねえ」

「じゃ、道具は貰ってきてるんでさっさとやっちゃいますね。あ、お話しながらが良いです」

そういって、肩に掛けたトートバックから工具を出していく。

よく見知った工具の中に布が有るあたりなかなか凝ってると言える。

チェーンに付いた油をあれで拭くと便利らしい。

自転車が安く買えるからか、ほとんどの人がチェーンのことに気を遣わないのになあ。

お、新しいサドルまで・・・。

これは時間かかりそうだな。

手伝わされそうなので、少し離れたところから見てよう。








一番の難関だろうブレーキは何故か新品だったらしい。

この見てくれで一つだけ新品な訳がないので、きっと姉がやったんだろう。

「まったく、あの人は何をやらせたいんだか」

「あの、先輩」

「ん?」

「お姉ちゃん、これを直しながら、先輩とこれを肴に語って来いって言ってたんですよ。
 きっと、先輩と話すのは良い勉強になるって」

だからか。面倒くさいブレーキだけ直しておいて、作業感覚でやって来いと。

「これを題材に、ねえ」

壊れかけの自転車。・・・ブレーキは置いておこう。

「自転車って、アクセルとブレーキとハンドルぜーんぶ人力ですよね」

まずは全体を眺めて。

どこから手入れしていこうか考える。

「じゃ、まずはサドルからですね。楽そうですし」

サドルを固定している螺子を緩め、古くなったサドルを抜いて新しいのを入れる。

そうしたら自分がちょうど良い高さに固定。これだけ。

「意外と早く済みそうだな」

「でも、ここって動くのに必要な部分じゃないですよね」

「だけど、そこがなかったら乗ってるとき痛いだろ?」

「・・・」

なにか気の触ることでも言ってしまったのか、瑞葉はそのまま黙って次に取りかかってしまう。

次はチェーンにするらしい。

布でさびを取っていき、あらかた取れたところで新しく油を引き直す。

それだけだが、これに時間がかかりそうだ。

「これ、は。なかなか大変ですね」

「その錆って頑固なんだよな・・・」

「でも、ここがしっかりしてないとタイヤが動きませんしね」

見たところ、まだ4分の1も終わってない。

あんまり女の子が手を汚すってどうなんだろ?まあいいか。

「寝る。終わったら起こせ」

「あー、途中下車はダメですっ、て・・・もう寝てるし」





「先輩、終わりましたよ」

「ん」

見ると、新品までとは行かなくてもなかなかの光沢が見える。

「お疲れ」

「大変でした・・・」

「で、何か話すネタは出来たの?」

「えーと、ひょっとしてここが一番大切なところじゃないかって思いました」

「だな。だから大変なんだよ。もっとも毎日手入れしてたら苦労しないんだけど」

「ここが心臓みたいな物ですからね。・・・・・・ああ」

勝手に頷く。

「ん?まあいいや。後はいろんなところに油注すだけだな」

「ですね。じゃあ、ここでネタばらし!」

手に持っていた布を放り投げて勢いをつける。

「お姉ちゃんは自転車で人の行動力を学べと言っていたのです!」

「あん?」

意味がわからない。なんで自転車が?

「意味わかんないって顔をしないでください。わかってるくせに」

「いや、意味わかんねえし」

「とにかく、ありがとうございました。じゃ、私はこれで」

そう言って、部室の窓から自転車を放る。

そしていつの間にか用意していた外靴に履き替え、窓から自分も飛び出す。

自転車を踏まないように注意して着地。そのまま自転車を起こして飛び乗る。

俺が声を掛ける間もなく、瑞葉は見えなくなってしまった。




何がわかったのか知らないが、あいつには性能の良いブレーキが必要みたいだ。