放課後の教室。 珍しく二人きり。

だからというわけではないけど、私たちは自然と机を挟んで向かい合う。

話が一段落ついて気が抜けたのか、考は日差しをお布団にして眠ってしまった。

寝顔を見るのも飽きたのと、少し気づいて欲しかったので悪戯をする。

目の前の鼻をつん、とシャーペンで小突いてやる。

驚いたみたいだけど、目はまだ眠そう。

だから、もう一回。 よし、起きた。

「何すんだよ、由美」 「んー?」 「何してんのって」

「ちょっとね」

考は変なやつ、と言って窓の外に目をやる。

思いどうりに事が運んだので、思わず顔がにやけた。

「そういえばこんな日だったな。あれ」


---去年の夏、だったかな。 私たちが中三だった頃。

新しい友達作りも終わって、いくつかグループができた時。

誰も回りに寄せ付けなかった人が、一人だけ居た。

話す人がいないのかな、と思ったけどなんだか違う様子だった。

わざととは思えなかったし、あきらめたような感じもなかった。

気にはなったけど、クラスが一緒になったことがなかったので、私はその人を見たことがなかった。

考えても先に進まないので、新しくできた友達に聞いてみる。

友達が言うには、喧嘩してばかりなので誰も寄り付かないらしい。

病院送りにした人も二、三人いるのだとか。

怖い人だと、噂ではそう感じた。

事実、皆が怖がっているのは感じてた。

でも、私にはそう見えなかった。



期末テストが終わって、席替えがあった。

それまでは前から二番目の席だったので、ほっとしたのを覚えてる。

今回はくじで決めるらしく、担任がくじを作って得意げにしていた。

どうやら、成績順で引いていくらしい。

私はそこまで頭が良くないので、大体十番目ぐらい。

くじを引いた結果、私は一番後ろの窓側になった。

簡単にサボれるね、と周りに冗談を言われた。

黒板に名前を書いて自分の席に戻る。

そして、次にくじを引くのはあいつだった。

少し興味があったので、隣だったら面白いかなと考えて後ろの友達と話していたら、 近くの友達が

「由美、気をつけてね」と告げてくれた。

何事かと思い黒板を見ると、私の隣にあいつの名前が書かれていた。

---平井 考 ---

あいつの名前。



二日後、国語の時間。 新しく入った単元の文章を順番に読む事になった。

もう授業も終わりそうだったけど、鐘が鳴るまでやるらしい。

あいつが読む順番が近づいてきて、どんな声してるのかな、と隣を見ると机の上に教科書が無い。

「忘れたの?」 聞くと、あいつは少しびっくりしたようで二、三回まばたきをして軽くうなづく。

はい、と渡すと微笑んで受け取ってくれた。

正直、笑顔にドキッとした。

結局その教科書は使われずに返ってきたけど。

なぜか、ほっとするような微笑といっしょに。



数日後、私と考は日直の当番で残ることになった。

私が日誌の整理、考が教室の整理をやっている。

お互いの作業が八割方終わったとき、考のほうから声ををかけてきた。

「この間の国語の時間、ありがとうな」

予想よりも声が高かったので少し驚いた。

「ううん、いいの。だって、困ってたでしょ?」

「そんなことで貸してくれたのか?」

「もちろん。当たり前のことでしょ」

でも、と続けるのを制して 「噂のことでしょ?どうだっていいの、私には」

とまどう考を一度見て、さらに続ける。

「私は私の主観で物事を見たいの。だから、どうだっていい」

「俺と話して友達を失っても?」

少し詰まった。確かに、あの時から友達が少し冷たい。

昔からの友達はそうでもないが、今年出来た友達はそれが激しい。

無理ないとは思う。

畏怖の対象に自分から近づいたのだ。

その反応は正しい。 でも----

「私は、あんたをちゃんと知ってから嫌いになりたい。周りなんて、関係ない」



「ホント、あれ言われた時はびっくりした」 眠気のすっかり取れた顔で考は言う。

「あんなこと言われたの初めてだったし、言ってくる人が居るとも思わなかった」

「でも、あれホントのことよ?」

---今は、理由が少し違うけど。

「じゃあ、今の俺はどう?嫌い?」

「嫌いじゃないかな」

「微妙な返事、どうもありがとう」

ん、と考が背伸びをする。

「さて、親父にしぼられに行くか」

「少しくらい休んだら?ここのところずっとじゃない」

「いや、なんかあいつにだけは負けたくないし」

それだけ言うと、考はさっさと出て行ってしまう。

---中学のときより、頼もしくなってるじゃない。

「そういえば、まだあの理由聞いてないな」

 誰でも気づくような疑問の答えは、まだ彼だけが知っている。