一緒に住むことを決めたその日。

麗衣さんは俺に料理を振る舞ってくれるという。

なので、今はその食材の買い出しに付き合っている最中。

家に食材くらい有るだろうに、わざわざ新しいのを買ってくれるというのだ。

ちなみに、麗衣さんの目はまだ赤い。

あれだけ泣けば無理もない。お互いに十分くらいは泣いていたような気がするし。

だから僕の目も赤いであろうことは想像に難くなく、指摘すると自爆しそうなので触れてはいない。





「大丈夫ですよ。食べられ無いものは絶対に出しませんし」

「・・・」

麗衣さんはスーパーに入るなり慣れた手つきで買い物をしていく。

俺はと言うと、さっきから一言も喋れないでいる。

その無言を腕の心配と捉えていたのか、麗衣さんは失礼ですね、と言わんばかりの目で見てくる。

俺に小言を言った後、麗衣さんは学校でのいつもの表情に戻り、てきぱきと歩きだす。

そのきれいな顔は見慣れたはずなのに、今では少し物足りない。

---麗衣さんは表情が多くなかった。

---学校ではまあ、細かい変化を除けばの話だが、控えめな笑い顔と真面目な顔だけ。

だからだろうか。

拗ね顔とか、泣き顔を見せて貰ってからどうもその傾向が強い。

「そうやってれば学校でももうちょっと人当たり良くなりそうなのに」

「はい?何か」

・・・声に出てたか。

慌てて目をそらし、何でもないとアピールする。

いくら学校では暗いからとはいえ、素になれば俺は普通と何も変わらない。

だからこういった事だって出来る、と思っていた。

実際に出来ているから良いのだが、勘違いでなくて安心する。

ホントに良かった。

そう安心して頬が緩みそうになると、いきなり麗衣さんが振り向く。

振り向きの予備動作が見えた瞬間に頬を引き締める。

あまりこういった顔は見せたくない。

「あ、そうだ。食べられないものとか有ります?アレルギーとかあれば教えていただけると」

「いや、特には。・・・まだ知らないだけかもしれないけど」

「そうですよね。意外な物にあったりするわけですし」

麗衣さんが半分くらい埋まったかごを見て安心する。

もし何個かアレルギーに関わる物があったらちゃんとより分けないといけない。

そう言うのは意外と手間だし、今からならもっと手間だ。

「じゃあ、これで終わりですね。早くご飯にしないと」

そう言って手早く会計を済ませ、先に出口に来ていた俺と合流する。

「荷物、持つよ?」

たいして重くはなさそうだけど、男として。

「いえ。そういうことは拓さんの問題が片付いてからですよ?」

あなたの方が問題は大きいだろうに。

荷物を持つことが問題を大きくするわけでもないのは分かっているはず。

でも、そう言うからにはきっとなにか有るのだろう。





スーパーから5分ほど歩いた。

「買い物はいつも行ってるの?使用人くらい付いてるはずだけど」

「いつも、というわけでは。食材は家から送られてくることが多いので」

「家から?」

「あ、・・・すいません。失言でした」

麗衣さんはまだ、完全に見捨てられてはいない、と言うことだろう。

もしくは、兄が単独で援助しているか。

「別にいいさ。俺はもうあの家に執着無いし」

麗衣さんが立ち止まる。

「では、今日からはここを家だと思ってください。」

後ろには、広めの2階建ての家。

そこは、俺が住んでいたところよりずっと狭い。

麗衣さんの実家よりもずっと小さいだろう。

でも、二人で住むには十分。

俺が全景を見渡していると、麗衣さんはドアを開けこちらに向き直っていた。

「ようこそ麗衣家へ。私は拓さんを歓迎いたします」

恭しくお辞儀をし、俺を中へと招き入れる。

その後は食堂に通され、麗衣さんは食事の支度に向かった。

麗衣家は、やはり鈴木家と比べると見劣りした。

あてがわれた家だからしょうがないと言えばそこで終わりだろう。

それでも、劣っているのは見た目の豪華さだけだ。

色調は柔らかいし、きつめの、いわゆる金持ち趣味のちょうどは一切無い。

そこを考えれば、住居として見ればこちらの方が優れている。

だからだろうか、至る所から歓迎されている気がした。

久しぶりだった。

家に入ってからの静けさが苦痛でない。

自分以外の人の気配が気にならない。

不思議と涙が出てきた。

ついさっき大泣きして、もう今日の分など残っていないはずなのに、それでも。

いけない。また心配をかけてしまう。

かぶりをふって、涙を飛ばす。

たぶん、麗衣さんが食事を持ってくるころだ。

そう思ってから程なくして、お盆に料理を載せ麗衣さんが現れる。

「まだ時間も早いので、お試しでどうぞ?夜になったら良いものつくりますので」

出された料理は、金平牛蒡とロールキャベツ。

どちらも少し手間のかかる料理で、この時間で作れるjものでは・・・?

「ああ、それ昨日から仕込んでおいたんです。こうなることを見越して」

にっこりと、僕の顔をのぞき込む。

その笑顔がまぶしくて、料理に逃げることにした。

箸で金平をつまんで、少しだけ、麗衣さんに気取られない時間だけ手を止める。

俺は果たして味を感じられるんだろうか。

今まで感じていたのは、多人数で食事することの幸せだけ。

---何を迷ったんだろうな、俺は。

これは間違いなくおいしいはずだ。

久しぶりの手料理。家に歓迎されることの喜び。

どこにまずい要素があるのかと。

たとえ味を感じられなくても、俺は雰囲気だけでおいしいと太鼓判を押せる自信がある。

口に運ぶ。少しだけ胡麻の香りがして---

「・・・・・・うまい」

もう止まらなかった。

甘さ、しょっぱさ、油の味、人参の甘み、牛蒡から出てくるうまみ。

それら全てを感じることが出来た。

ああ、俺はもう大丈夫。

ここにいる限り、もうあんな事はない。

この幸せがずっと続くなら、俺はきっと救われる----

箸が五往復したあたりで、金平が無くなる。

ロールキャベツに伸ばしかけたとき、視界が歪んだ。

枯れた涙が俺の目を覆う。

その涙をあえて拭かず、そのままにしておく。

歪んだ視界でなんとか目的の物を見つけ口に運ぶ。

ひと噛みすると、涙の量が増えた。

二つ目を口に入れ、咀嚼しながら泣き続ける。

飲み込んで、涙をぬぐう。

麗衣さんは、微笑んでいてくれた。

組んだ手の上にあごを載せ、少しだけ首を傾けて。

言う言葉は決まっていた。

「おいしかった。ありがとう。ごちそうさま」

言い終わった後、恥ずかしかったから頭を下げて。

涙のせいで、かすれた声しか出なかった。

「いえいえ。お粗末様でした」

声は微笑んでいた。

それがどうしようもなくありがたかった。

片付けますね、との声に俺は決意をした。

絶対に。

絶対に麗衣さんを救うんだと。

握りしめた拳の何倍も強く決意をした。

背中に、もう一度礼をして。

もう、涙は止まっていた。




次に泣くのは、麗衣さんを救ったときだ。

そしたら二人で泣こう。

子供のように、二人で。